<屋久島の原生林の秘密>
@屋久島の旅 花山歩道 2023.08.27
極相林は本来陰樹の森で終わる。
西日本や海岸線周辺を中心とした照葉樹林、東日本や山間部中心としたブナ林、雪が多くつもり山間部ではモミやツガなど自然遷移の物語によって
いずれ陰樹中心の森林つまり極相林(クライマックス)へと至るのが日本に限らず、世界の森林の常である。
しかし、世界自然遺産にも登録された屋久島の原生林を構成する樹種は陽樹ばかりである。
屋久島の森林を構成する代表的な樹種であり、よく目につくもののうち、ヤクスギ、ハリギリ、ヒメシャラは代表的な陽樹である。
屋久島の山間部は古代からカミガミが住まう地域であり、江戸時代に入るまでほとんど伐採がされなかった。
江戸時代に薩摩藩から派遣された儒学者・泊如竹(屋久島出身)は島民を説得し、多くの屋久杉を伐採した。
さらに水道の整備や田畑の開墾などに携わり、屋久島島民の生活の質は向上したようである。
その伐採のあとに生えてきた比較的若い杉が小杉と呼ばれるすぎである。
小杉といえども樹齢は1000年以下のもので立派なものが多い。
ヤクスギランドの奥には江戸時代の天文年間(1532年から1555年)に伐採されたのちに放置され、自然遷移の物語によって森林に還った天文の森がある。
この森を歩けば分かるように、やはりこの屋久島の極相はヤクスギを代表とする陽樹で構成されている。
陽樹とは何かしらの原因で自然撹乱が起きた後に真っ先に生えてくるパイオニアプランツである。
自然撹乱とは倒木、洪水、土砂崩れ、崖崩れ、自然火災、火山の噴火などが挙げられる。
そう、この屋久島の森林の樹種の秘密はここにある。
屋久島の年間平均降水量は平地で約4,500mm(山間部は8,000~10,000mm)であり、日本の年間平均降水量(約1700mm)の2倍以上、さらに世界の平均降水量(約880mm)の5倍にも及ぶ。気象庁が設置している観測地点では日本一を誇っている。
そして、その半分近くが5月から8月に集中して降り注ぐ。そう、「月に35日雨が降る」とはこのことを意味している。この雨量の圧倒的な多さが島内の電力を全て水力発電で賄えている原動力でもある。これは他の地域ではそう簡単に真似はできない。
屋久島は四方を暖かい海で囲まれている上に、台風の通り道でもある。そして何よりも洋上のアルプスと言われるように島の中心部は標高2000m近くの急峻な山々が鎮座する。海と山があまりにも近すぎるのだ。だからこそ、大瀑布と呼ばれる滝も多い。山岳信仰が生まれ、人々に深く信仰されたのも頷ける。
隣の平坦な種子島の年間平均降水量が屋久島の半分であることからも、急峻な山々が雨を降らせる主要因の一つであるとも言えるだろう。
この雨の多さ、そして急峻な地形が屋久島を屋久島たらしめている。つまり、頻繁に小さな洪水が実は各地で発生しているのだ。これは屋久島の山に入ったことがある人なら誰もが目の当たりにしていることだろう。屋久島では雨が降り始めたと思ったら、すぐに視界が悪くなるほどの大雨となり、登山道や周りの斜面には小さな川が発生する。
森林は自然の水源ダムだという話があるが、それは屋久島であまり通用しない。なぜなら屋久島の山間部は主に花崗岩で構成されており、豊かな土壌が発達しづらく、あのブナ林の地面のような落ち葉のフカフカな感触がほとんどない。
つまり、屋久島では雨は土中内に染み込むことが少なく、地表面の数少ない土を削りながら河川へと流れ込んで行ってしまう。そのため、屋久島でも人気の高い沢登りツアーでは鉄砲水による事故も多いのが実情だ。
こういった自然撹乱が多発する地域では陰樹は成長が難しい。特に極相に達する樹種は豊かな土壌を必要とするため、大きく深く根を張る前に淘汰されてしまうのだ。
日本の樹木を代表する固有種スギは水分を非常に好む性質があり、針葉樹にしては珍しく陽樹であり、そして何よりも高樹齢を誇る樹木の一つだ。針葉樹は油分を体内に多く含むおかげで腐りづらく、根から根酸を出して養分の少ない土壌内だけにとどまらず、倒木からも栄養分を吸い上げることができる。
こうしてヤクスギは屋久島の中で圧倒的な樹齢と背丈を獲得し、陽水分と光合成を独り占めするかのように大きく成長するのである。つまり、他の樹種にとって厳しすぎる環境が逆にヤクスギにとって楽園になったということだ。そして、それに続くようにハリギリやヒメシャラなどが大木となって森林を構成している。この二つの樹木は本州でも確認されているが、屋久島ほど大きく成長することは少ない。
屋久杉の中でも一番人気の縄文杉は高塚山にあり、この山には縄文杉以外にたくさんの巨木がある。もちろん、ハリギリやヒメシャラの高木もだ。どうやら、この山は屋久島の中でも特に雨が多いようである。多くの人が訪れることで歩道(登山道)は削られ、そこを雨水が通り削られ、ついには巨木たちの根を傷つけていってしまった。
大株歩道から入ってすぐの翁杉は2009年に倒木したが、その原因の一つは私たち登山者たちの足だろう。登山者が多く入る道には現在木道がたくさん敷かれている。これはもちろん屋久島の植物たちを守るためでもあり、洪水が押し寄せる里の人々の命を守るためでもある。
私たちの足は小さな足だが、それも積み重なれば大きな災害を産むことができる。だからこそ、古代の島民は山に入るためには儀式を必要とし、最小限の人々だけで、そして巨木にはカミが宿るという理由で伐採してこなかったのだろう。
翁杉を始め伐採された古株や倒木、そして削られた大地には青く光るコケが密生する。屋久島の自生するコケの種類も圧倒的に多い。彼らの活躍のおかげで大雨はいったん地表面に吸収されるし、水を好むスギにとってありがたい存在でもある。
そして、コケは岩石や古木に含まれている養分を溶かし出し、自身の体内に溜め込み、大きく成長し枯れると、自身の上に落ちてきた種子の養分となる。その種子は何百年かけて巨木となり、大地を支え、私たち登山者を里の人々を守り続けるのである。コケがあんなに美しく輝いて見えるのは、原生林の命と私たちの命を繋がっているからである。
この何一つとして無駄がなく、無意味な存在がない美しい循環とつながりの物語が繰り広げられているのが屋久島の原生林なのだ。だからこそ、私たちはその物語の邪魔をしないように、ローインパクトを心がけて山に入りたい。その心がけは自然保護といった消極的な思想なのではなく、私たちの命を守る積極的な思想のひとつなのだ。