長い旅を終え、次の旅までの間
ゆっくりと旅の写真と言葉たちを整理する。
そこには旅している時には言葉にできなかった想いや
気付かなかった大切なことや
昔の旅とリンクして新たに広がる世界がある。
それを文章に起こしていく。
こういう作業もまた必要なのです。
きっと、体調悪い時もあっただろうし、
きっと、ご飯作る気分じゃないときもあっただろうし、
きっと、他にやりたいことあっただろうし、
それでも毎日毎日、手料理をプレゼントする。
それってめっちゃ尊いじゃないか。
料理って家事(仕事)じゃなくて
自分の身体への、家族へのプレゼント。
僕は目の前にある人の優しさだけに「ありがとう」と言っていた。
その後ろにあるその人の手間と時間に対して「ありがとう」と言えていなかった。
「おばあちゃん、ありがとう」
いま、少し遅れて感謝する。
俺はね今、島根県の田舎で農業やってるでしょ。
すると、目の前の美しい自然や
そこに住む獣や虫たちの未来ってのも
俺たちは考える義務があるんじゃないか
って思った。
それこそ、親が子供の未来を考えるのと同じように。
だって、人間以外の生き物や自然ってのは
子供と同じように1票を持ってない。
だから、ぼくは愛する者たちのために
血を流すのではなくて、汗を流して死にたいのだ。
だから、ぼくは愛する者たちのために
奪い合うのではなくて、分かち合って生きたいのだ。
War is not the answer.
70年後も8月15日が終戦記念日でありますように。
caravanの歌の中にこういう歌詞があります。
『手のひらが汚れていくその度に少しだけ自由になれた気がしたよ』
畑仕事にしろ、木工にしろ、料理にしろ、掃除にしろ
この手を使って仕事をするということが
こんなにも自由な事なんだと日々実感しています。
ヒッチハイクで旅をしていると
本当に多くの人と話す機会があるんだけど
昔から自分とは違う人生を歩んでいる人が
この世にいるってことがとても不思議で
質問攻めしてしまう。
どうして、その人生を歩んでいるのか
どうやって、その人生を歩んでいるのか
「この社会はまだ未熟なんだ」
ネパールの山奥で出逢ったおじさんが
教えてくれた。
だから、本当に大切なことなのに
必要なことなのに
ないがしろにされていたり
職業として成り立たない事があるんだって。
誕生日 2014.03.18(facebookより)
僕が必ず旅に持っていく
「人間の土地」(サンテグジュペリ著)
という小説にこんな言葉があります。
『真の贅沢とは、ただひとつしかない、それは人間関係という贅沢だ』
Special thanks to
my family,my all friends,
Everyone who i met,and YOU!!
おめでとうと言われる前にありがとう!!
孤独の道の先には、
出逢ったすべての人々がいる。
そんな景色を眺めながらのコーヒーは特別であることは言うまでもない。
そして、生きているなぁってしみじみ思うんだ。
「今を生きる」とは
「今、ここにいることに感謝する」ことに違いない。
車が豊かさの象徴だった時代よりも
森の多さが豊かさの象徴である時代へ
株の投資金額よりも
木を植えた数が重要視される時代へ
取り返しのつかなくなる前に
僕たちはしなくちゃいけないことがあるんだろう。
仲間が困ってたら走って助けに行くでしょ?」
一番仲良くなった(尊敬してた)人がそう言ってた。
この人の友達、震災直後連絡つかなくて
後日死体が上がったらしい。
結局、1年間テントでボランティアして、
今では住んでるらしい。
あのとき、そんな話を簡単にして最後にこう言った
「僕が知っている限り、
この国のほとんどの人は自由です。
だって、仕事辞めても
誰も殺さないし自分も死なないですからね(笑)
他人のせいにしてますけど、
自分で自分の自由を奪ってるんですよ、きっと」